Interview

インタビュー

当代表のレイコ(以下、レイコ)のオフィシャルブログで発信される言葉には、ひとつ一つに新しい発見、新しい定義が込められています。そこで、オフィシャルブログよりセレクトした過去記事から、一部引用し、自愛力や他愛力についてさらに紐解いていきます。多様化時代を華麗に生きるリベラルアーツ(教養)を身につけるために、ぜひ言葉を大切にその本質を学んでいただければと思います。

自分を愛することって、それぞれの中に正解があるように思いますけど、自分を愛しているはずなのに嫌なことがまだあったり、思うような生き方ができていないとしたら、自分への愛のかけ方を見直す時がきているのかも。


自愛力は、手放す力だったりもします。
自愛力は、許す力だったりもします。
自愛力は、自分と向き合う力だったりもします。
自愛力は、自分を愛した先に広がる世界への入り口だったりもします。
自愛力は、純度の上げ方だったりもします。
自愛力は、隠している前提を明らかにしてそれを塗り替えることだったりもします。
自愛力は、無意識の中に眠るプログラミングを変えることだったりもします。
自愛力は、人生のシナリオやパターンを建て直すものだったりもします。
自愛力は、思考と感覚のバランスを整えるものだったりもします。
自愛力は、本来の自分の魅力を開花させるものだったりもします。
自愛力は、最高の人生への本気度が試されるものだったりもします。


自愛力さえあれば、仕事も恋愛も結婚もお金も全ての豊かさを受け取れると思います。全てお望みのまま勝手に現実が動いていることに気づく。感覚的には勝手に変わったぁ!すご〜い!って感じですけど、俯瞰すると、このことに気づいたからより鮮明に感じる。といった印象です。


引用元:自分への愛を見直す時。思考が現実化していないと感じるなら深く愛する

「自愛力は、手放す力だったりもします。」今回は、レイコへのインタビューを通して、こちらのフレーズについて紐解きます。

手放す必要もないし、そもそも手放せない

現在は「手放し」という表現をつかわずに、「統合」と伝えていると伺いました。

レイコ:まず「手放し」という表現が一般的になじみのない言葉だと思いますので、そこから説明していきましょう。

たとえば「ルーズが許せない!」と考えている人がいるとしましょう。一方で、それを許せるような寛大な自分にもなりたいと心の中で思っているとします。このとき、その人の中には「決め事」が存在しているわけです。「ルーズ=ダメなこと」のような。

こういった決め事からくる価値観を辞めて変わりたい!という時に、「手放す」という表現を使うことがあります。専門家によっては、この決め事を「メンタルブロック」と呼び、手放したい時に「そのブロックを解除しましょう」なんていう場合もありますね。

それがなぜ、手放しという表現を使わずに「統合」という伝え方に変わったのでしょうか?

レイコ:答えはかんたんで、手放す必要もないし、そもそも手放せないからです(ニッコリ)。自愛力の考え方でいくと、手放したいことがあることすらも「オッケー♡」です。どんな自分も自分。それでオッケーなのです。

一般的には、自分のダメなところは手放すほうが良さそうにも感じますが、それを統合してしまうんですか?

レイコ:そうです。先ほどお伝えしましたとおり、手放す必要がないからです。それに、手放せるものでもないです。許すだけです。許し自分を統合することは人としての器が広がることにも繋がると思います。私は統合した世界のことを「ゴールドゾーン」とよんでいます。

「許すこと」は「豊か」になること

面白いです。自分の器を広げるということは、自分が許せないと思っていることを自覚して許容していく感じなんですね。

レイコ:そうですね、「許す」というのは人としての深みが増す。「深化」が起きます。それによって人としての幅も広がると考えています。いまは時代の変化の中で価値観も多様化していますので、この「統合」という考え方はとても大切になると考えています。

歴史から例をだすと「明治維新」がわかりやすいかなと思います。日本が大きく変化した時期だと思いますが、「刀をおろせ」と言われているのにおろせなかった武士がいたと聞いたことがあります。刀をおろせないということは、その決定が受け入れられない、許せないということですよね。許せないから変化に対応しない。もしくは、できない。受け入れることができない=器が狭い。というと端的でしょうか?(笑)

心地よさを求めることと、豊かさを求めることは、まったくの別物だと私は考えます。私たちは心地よさを求めることで、器を狭め、自分が生きる世界を狭めてしまっているのかもしれません。

レイコさんの考える「豊かさ」と「心地よさ」のちがいを教えてもらえますか?

レイコ:イヤなものを排除したり、キライなものを手放すというのは「心地よい」かもしれないけど「豊かではない」と考えます。心地よいというのは、自分の気分がいいということ。陰陽でいうのであれば「陽」にだけフォーカスしているイメージです。

こちらも一般的にはネガティブは良くないもので、ポジティブでいることが大切と思われている節はあるのかなと思うのですが。

レイコ:ネガティブは良くない、ポジティブは良いという考えが、「心地よさ」と「豊かさ」の決定的なちがいです。豊かであるというのは、陰も陽も両方あるから豊かということです。これは「統合」の考えともつながる部分なのです。

日本人は元々「陰」大切にする民族だと聞いたことがあります。太陽と月でいうなら「月」を好む文化です。でも、西洋の文化が入ってきて「陽」にフォーカスを当てるようになったわけですよね。これまでも楽しかったけど「陰」の私たちって暗かったよね…って、そういう会話があったかは別として(笑)、自己否定自己肯定感低い問題の背景には、そういうことがあるのかもしれません。

「陰」を引き受けるから「陽」が輝きを放つ。影がないということは太陽の光があたっていないのと同じこと。夜ってことです。太陽の光を浴びながら歩きたいのなら影を引き受けなさい。それが私が考える「豊かさ」です。

後記:今回は「自愛力は、手放す力だったりもします。」というフレーズから、手放しをすることなく「統合」をすることで、人としての器も広がり「豊かな自分」になっていくことがみえてきました。引き続き、オフィシャルブログよりセレクトした過去記事から、一部引用し、自愛力や他愛力についてさらに紐解いていきます。

インタビューア・文:大崎博之
https://startup-and.com/
編集:レイコ
https://lady-net.tokyo/